入院日記
小さい頃から丈夫で健康なワシは、入院するのが夢であった。
Runnerが売れてベーシストが交代し、多忙と心労のためボロボロになってた当時のワシは、病院に行って先生に詰め寄った。
「先生、身体もうボロボロでしょ」
「いやー、どこから切っても健康体ですよ・・・」
仕方がないので「鼻腔湾曲症」とか言う病気でも何でもない手術のため入院したのが10年前。
まあイビキの原因のひとつにはまるが、根本的な解決でも何でもない手術であった。
その噂が包茎手術と一緒になり、「末吉はイビキの手術で入院して、イビキ直らず包茎治った」とまことしやかに伝えられている。
さて、今回は本当にイビキの手術である。
口蓋弓っつうのと、のどちんこを切って気道を広くする。ついでに年に数度は腫れてこまる扁桃腺も切ってしまう。
ところがこの手術をつい先日経験していた友人がいた。香川県のギタリスト今城である。
以下は入院に寄せての彼からのMailである。
> Subject: 覚悟いりまっせ
> 入院についての【準備と心構え】
> ★術後は喋れないので、大きなメモ用紙とペンを用意する事。(げっ!)
> ★イソジンのウガイをサボらない事。(苦いのじゃ・・)
> ★術後、柑橘系のジュースは飲まない事。喉に槍を刺された様な激痛が必ず走ります!(槍で刺されたことあるんかい!)
> ★術後、看護婦に体を拭かれ、興奮しない事。縫ったとこが裂ける恐れあり!(100人に一人いるとかいないとか・・・)(包茎手術後オナニーをして出血したうちの社長のようじゃ)
> ★術後、柔らかいパンとお茶は、必ず枕元に置いておく事。腹が必ず減ります 。(今回の入院はダイエットも兼ねとるんで心配なし)
> ★術後、新曲を書く気でいくな! 痛くってそれどころじゃありません。(げげっ!)
> まぁ、そんなトコですかね!
> この【準備と心構え】をよく読んで、快適な入院生活を送りなはれ!
> がははは〜!!
>
> PS:酒は術後2週間は飲めんぞ!
やめようかなあ・・ワシ・・・
2001年5月28日
明日からいよいよ入院である。
今日の最終検査で、「心電図に異常あり」と出たらしい。担当に回される。
診察室に入ると、担当の先生は電話で何やら怒っている。「不整脈」とか「心筋梗塞」とか恐ろしげな言葉が飛び出している。
何事なんじゃろ・・・不安なワシ・・・
「とにかく明後日から手術だから明日までに結果出せったって、そんなことはお受けできません。責任持てませんよ。麻酔科で責任持ってくれ」
何がおこっとんじゃろ・・・不安なワシ・・・
「いやー、全身麻酔の手術なんで、心臓に欠陥があった場合大丈夫かを明日までに結果出せと言われてもねえ・・・」
笑って説明する先生・・・
ワシ、イビキより心臓病なんやろか・・・不安なワシ・・・
「いやあ、何も大きな異常が見られるわけじゃないんですけどね・・・、まあ万が一のこともありますから・・・」
ワシは不整脈なんか・・・
「とりあえず、明日朝一番に来ていただいて、その検査からします」
2001年5月29日
今日から入院。
朝一番から地下の怪しげな部屋に通される。
至るところに放射線のマークがついており、やけにものものしげである。
「心電図に異常が見られましたので、ここで心臓の検査をさせて頂きます」
何やらピックアップのようなものを身体中に付けられ、腕には点滴の針を打たれる。
「はい、このままこの自転車をこいでください」
今から入院するのに自転車こぐんですかあ・・・
身体中から電線をひこずりながらトレーニングマシンにまたがる。
「それではちょっとキツいですけど、頑張って下さい」
頭の中でのBGMは「Labyrinth」。いきなり全速力でこごうとすると、
「最初から飛ばしてはいけません。この数字が60ぐらいのままずーっとこいで下さい」
いきなり頭の中でのBGMは「69」えらいテンポダウンである。
こぐこと十数分
「まだですねえ・・・」
医者がふたりで話している。
「いつまでやるんですか?なんぼでもいけまっせ」
えらい元気なワシである。
「いや、人によっては5分ぐらい、また人によっては20分ぐらい、発作が起こって心臓が紫色になるまで限界までこいでもらうんです。
そしてそこで静脈から放射性物質を投入して、心臓や血液の流れを調べるんです」
「すんません。私、職業でドラム叩いてまして、まあ口で説明するのは難しいですけど、この数倍のテンポでツーバス踏んでるんで、
このテンポでいくら自転車こいでてても心臓がどうとななるわけはおまへん。そしたら私X.Y.Z.→Aなんかやれてまへん」
「そうですねえ・・・全然変わりありませんねえ・・・じゃあ放射線物質を投入します」
静脈の点滴のところから薬物を投入されるが、別にそのままちんたら自転車をこいで何事もなく終わる。
「そうですねえ・・・別に心電図に異常は見られませんねえ・・・」
そりゃそうじゃ。それやったらドラムなんか叩けるかい!
その後2回ほど全身の血流を調べて検査は終わり。
検査のために絶食をしてたので、夕飯はすこぶるおいしかった。ちょっと痩せたかも・・・
明日はいよいよ手術。固形物など飲み込める状況ではないらしい・・・もっと痩せるかも・・・
2001年5月30日
今日いよいよ手術。朝9時からと言うスケジューリングである。
手術のためもちろん絶食。食べたのは昨日の夜だけだからこりゃきっといいダイエットになってることだろう・・・
8時頃、何かむっちゃ痛い筋肉注射を打たれ、そのままベッドに乗って手術室へ・・・頭の中のBGMはピンクフロイドの「走り回って」・・・
手術は衣服は身に付けず、Tパンツと言うオムツのようなものを履くだけである。
「オムツプレイ、オムツプレイ・・・」
とはしゃぐのもつかの間、手足をどんどんと固定されてゆく・・・
「手術が終わったら声かけますからね。それじゃあ麻酔入ります」
「あのー・・・鼻の頭が痒いんですけど・・・」
と言おうとしたその瞬間、意識はそのまま術後に飛ぶ。
痛ってーーーー!
世の中でこんな痛いことがあるのだろうかと言うぐらい痛く、悶絶して暴れまくるが固定されている。
その後またベッドで病室に運ばれるが、ツバを飲み込む度に悶絶し、暴れ回る・・・
病室に着いても悶絶するが、叫ぶと更に痛いので悶絶するのみである。
「痛いですか・・・」
看護婦さんがそう聞くが、涙を目に溜めてうなずくしか出来ない。
「じゃあ痛み止めの座薬を入れましょう」
おしりをペロっとめくって座薬をちゅるり・・・浣腸プレイ、浣腸プレイ・・・などとアホ言ってる余裕もなく悶絶しながら気を失う・・・
途中、嫁が来たような気がするが、痛くて話す余裕なし。でも何か中国語で受け答えてたような気がする。偉いなあ・・・ワシ。
その後「夕食ですよ」と言われるが、ツバ飲み込んでも痛いのに物を食う気力なし。拒絶する・・・
夜中になってやっと少し落ち着いたが、これでは痛くて眠れないので、また痛み止めの座薬をお願いする。
「自分で入れますか、私が入れましょうか?」
自分でも入れられるが、ここは敢えて看護婦さんに入れてもらう。・・・浣腸プレイ、浣腸プレイ・・・
今度はちょっとは形状を認識出来た。意外とでかいのが入ってるのね・・・
2001年5月31日
体温を測ったり、診察をしたりで朝早くから起こされる。
食事が出ているが、とてもじゃないけど食う気にはならん。
でもお医者さんに、「なるだけ頑張って口から食べた方がいいですよ」と言われ、勇気を出して食べてみる。
お粥とかでもなく、スープと牛乳とプリンだけ。それでもふーふー言いながらやっとノドを通す。
昼飯も似たようなもんだが、それもふーふー言いながらやっとノドを通す。
昼から点滴を打ってたら、3時頃おばはんがニコニコしながらプリンを持ってきた。
「デザートですよ」
殺す気かい!
夕食はついに食えず。そのままダウン。・・・と言ってもいつものように寝転がっているだけだが・・・
夜中になって看護婦さんに座薬をねだる。もう立派な変態である。
冷静になって見てみると、昼の看護婦さんと夜の看護婦さん、そして薬剤師や女医とみんなそれぞれの顔をしていて面白い。
どれも美人なのだが夜の看護婦さんが特に淫靡である。
また看護婦さんに座薬入れてもらおうと思ってたら、気がつくとポンと座薬が机に置かれていた。
見ると使い捨てビニール手袋と一緒である。
汚いモノでも触るようにビニール手袋をしてワシの尻の穴に気持ちいいことしてたのね。
ちとショック・・・涙ながらに安眠・・・
2001年6月1日
今日から食事に固形食が出てきた。
痛いのでパス。
別にメシなど食わねど死ぬことはない。ここは病院なのである。と言いながら昼間は説得されて無理してノドを通す。
しかし考えてみると不思議である。絶食しててもウンチは出るのね。しかも固形で・・・あれは一体どうなっとるんでしょ。
昼も半分ほど食ったが、パス。
食後の痛み止めの薬を飲めば食べれるようになると教えられ、半分食べて30分休んで薬が効いてきた頃残りを食べる。
食事は唯一の楽しみではなく単なる拷問である。
寝たりして、咳き込んだりして、ちょうど食事時にノドが痛いと、もうその食事はパスである。
実際運みたいなもんなのね・・・
おかげで入院時より2キロ痩せた。ふむふむ・・・あと目標はさらに2キロ。もう小ニイハラとは呼ばせません!
2001年6月2日
昨日から体力がすっかり回復しているので、ノドが痛い以外はすっかり健康体である。
座薬も入れずにちょっと痛いが我慢してヤクなしで生きられるようになった。
そうなると敵は「たいくつ」である。
普段からテレビを見ないワシは、金を出して「テレビカード」とやらを購入するのがくやしくてテレビも見ない。
しゃーない。時間がある時は仕事である。持ち込み禁止のはずのパソコンを開いて、
データベース作り・・・すぐに激痛!・・・譜面書き・・・すぐに激痛!・・・曲の打ち込み・・・すぐに激痛!・・・
アホMailやアホ日記の更新・・・別に激痛なし!・・・ワシの身体はもう、仕事をすると激痛が走るようになってしまったのじゃ・・・
一日じゅうアホ日記を書いとるわけにもいかんので、横になって曲でも考える。
小さい頃から相対音感のよいワシは、別に楽器などなくても曲が作れるのじゃよ。これほんと。
いやー、時間があるから思いつくこと思いつくこと。こう言う時ばかりはワシは天才やと思うね。なんて素晴らしい曲がこんなにぽんぽんと・・・
しかし通常は起き上がって書き写した途端に駄作と化してしまう。
しかし今日は書き写したり打ち込んだりすると激痛なので、しばしの気のせいに身を委ねよう。
ああ、ワシは何て天才なんだ・・・もう数百曲は作っただろう・・・でも目が覚めたら1曲も残っていない。
書き写してない名曲なんぞ、うたかたの夢と同じなのじゃよ・・・
2001年6月3日
風呂に入りたい!
新陳代謝がもう低下してしまっているこの年のワシは、別に体が臭くなることもなく、風呂の必要性はさほどない。
しかしワシの頭皮は非常に過敏で、洗髪した直後にフケが出ることもあれば、数日間洗髪しなければ頭皮が荒れて大変である。
昨日看護婦の詰め所に談判しに行ったが、「3日まではダメですよ」と言われやっと今日に至る。
しかし当日になると風呂場には「本日はお休みです」の張り紙が・・・そんな・・・
また直談判に行って、「今日は婦長さんお休みなんで、ないしょで入っちゃって下さい」と言うことになった。
何せ入院日の29日に入ったっきり、6日目に突入。さすがに気持ちがいいのう・・・
バスタオル肩にかけて院内を闊歩するもんで風呂上りなのがまるわかりじゃい!
風呂上りにビールと言うわけにはいかないが、イソジンでうがいをして食事。
なんと今日から通常食に戻っておる。
「食べれるわけないやんけ!」
やっぱワシは新陳代謝が悪いのか、まだまだ痛くてものを飲み込めない。
硬いものはゆっくり噛めばよいが、困るのはしょっぱいものとか辛いものである。傷口に染みる。
「おばちゃん、辛いのやめてや。しょっぱいのも困るわ」とか文句言ってたら、夜からはまた流動食に戻されることになった。
ま、痛い目して豪華なメシ食うより、普通に食べれる流動食の方がご馳走じゃい!
さてみなさんならどちらでしょ。やらしてくれん美人?、それともやらしてくれるブス?
ワシにResせんでよろしい!みの吉にでも返答してやってくれ。ほな!
2001年6月4日
俺は天才じゃ!
昼間も寝て夜も寝てるので、寝てるのか起きてるのかわからん朦朧とした日々だが、夜中に突然素晴らしいメロディーを思いついて飛び起きた。
香川県の双子ユニット、ROCOCOの新曲。しかもCMタイアップである。ご丁寧に映像までついている。
ROCOCOがふたりで大車輪をしながらこの歌を歌うのじゃ。凄い!
「ね、未唯さん(ROCOCOの次のプロデュースはピンクレディーの未唯さん)、斬新な曲調でしょ」
クライアントからプロデューサーまで大絶賛の中、ふと自分自身これが夢であることが分かる。
「いかん、こんな斬新な曲はもう一生作れんに違いない!」
すぐさま飛び起きて、ノドから血しぶきを吹き上げながらパソコンに打ち込む。
アレンジから何か全部出来ているのだが、体力的にはリズムとメロぐらいが限界である。
「ふうー・・・」
命を燃やした瞬間である。満足して眠りにつく。
朝起きた。どんなメロだったか全然覚えてない。急いでパソコンを開いて曲を聞いてみる。
そこには駄作とも言えない程度の、幼稚園児が作るような稚拙なメロディーがあった。
「そう言えば、大村はんがCMの仕事で舞の海に大車輪させてたなあ・・・」
夢とはしょせんこんなもんである。
2001年6月5日
実は俳句っつうか川柳もあったのよ・・・
「病院では ちんちんも 立ちません」
この字余りの感じがどうも素晴らしくて、「俺は天才じゃ!」と真夜中に飛び起きたが、人に言わなくてよかった・・・と痛感する今日この頃である。
先日は、X.Y.Z.→Aの次なる展開のために一大プログレ組曲を思いついて、看護婦さんに怒られながら徹夜して打ち込んだ。
数日間かけて作った大作の割には、打ち込んで見たら4分しかない小曲なのよ・・・どないなってんの・・・
やっぱ薬物と睡眠過多でぼーっとしとるからなあ・・・
それにしてもこの入院と言う環境はすこぶるいい!
ホテルのように暑すぎたり寒すぎたりしないし、湿度も適度で静かである。
ゴミひとつないとはこのことで、清潔きわまりないし、外部から遮断されているので電話やその他もろもろ邪魔されることもない。
着替えもしなくてよいし、メシ時にはちゃんとメシが出て来る。(これが辛いんやけどな、痛くて・・・)・・・看護婦さん奇麗で優しいし・・・
ワシなど、もう作曲はあきらめてデータベース作りに専念している。また作業がはかどるんやなあ、これが・・・
ほんまに明日退院なんやろか・・・まだメシも食えんのに・・・
ああずーっと入院してたいわーーー
2001年6月6日
入院続行!
そうなのです。最後の診察の後、医者の最終的判断で、「じゃあもう少し入院延ばしますか・・・」と言うことにあいなったのです。
まあ入院してても家でいてもまるで同じなのだが、この背後に本人の「もっとここにいたい病」があったことは言うまでもない。
だいたいワシは治りが遅いのか?老人だから新陳代謝が遅いのか?何故にいまだにこんなに痛いの・・・
医者曰く、痛みと言うのは個人差があり、人によって全然違うのだそうだ。治り自体は通常通り順調に進んでいるらしい。
だいたい女性は男性よりも痛みに強いらしい。出産と言う大きな痛みを受けなければならないからだそうな・・・
あの痛みは男性だったら生きていけないぐらい痛いらしい。男性で経験した人はいないが・・・
ちなみに女性はその分、快感が男性よりも数十倍大きいらしい。どうやって比べたんじゃと言う話じゃ。
「ほんまか。これの数十倍気持ちええんか。俺やったら死んでまうでぇ・・・」 とは、エロ和尚、みの吉の弁であったと思うが、
ワシって痛みだけは人より多いつまらん人生なんかも知れんのう・・・
ずーっと入院しとこ・・・
2001年6月7日
とか言いながら、今日は入院の最終日。でももともと外せない仕事が入っていたので今日は病院から仕事場に向かう。
いやー、いいもんですなあ、病院から仕事通うのも・・・
ワシはもうこの環境にどっぷりハマってしまってんのよ。
仕事ははかどるし、着替えもしなくてよいし、・・・看護婦さん奇麗で優しいし・・・
外に出て行く時に服を着替えるでしょう。それがワシにはもうめんどくさい。
帰ってきて脱ぐでしょ。そしたら洗濯物になるでしょ。それがワシにはもうめんどくさい。
病衣やとずーっとそのままでええでしょ。臭くなったら看護婦さんが代えてくれるし。
(ま、家にいてもいつもジャージで外も中もおるんやから一緒なんやけどね・・・)
先ほどから看護婦さんが入れ替わり立ち代り退院の説明にやって来る。
名残惜しいのよ、これが・・・
あーあ、明日退院・・・
2001年6月7日
と言うわけで、長いような短い入院生活が終わりを遂げた。
出来上がった曲2曲。完成したデータベース2つ。書き上げた原稿2つ。
・・・よくよく考えてみると、そんなに能率的なペースではない・・・
落ちた体重2kg!・・・こっちの方が収穫としては大きいね・・・栄養のバランスもよく、よく寝ているので体力もある。
退院しても暴飲暴食は慎み、しばらくはカロリーメイトの生活を送るのさ・・・
看護婦さんに名残惜しみながら(惜しまれながらではない)、ひとりでトボトボと退院手続き。
退院してすぐ自動振込機があって、そこで入院費用を払う。・・・・・にじゅうさんまんえん!・・・・・
入院すること11日間。ワシは1泊2万円のスウィートルームに泊まっていたようなもんなわけね・・・痛い思いしながら・・・
身も細る思いとはこのことである・・・楽しくも儚いうたかたの幻の生活であった・・・
おしまい
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