ファンキー末吉とその仲間達のひとり言
----第100号----
2004/06/25 (金) 16:42
小さな恋の思い出
なんか最近よく初めての人からドラム叩いてくれと頼まれる。
今日は3曲まとめてである。
こちらでは1曲叩いたら1週間食えるので3曲と言うと半月以上食える。
よし、頑張るぞ!!
スタジオミュージシャンの中でドラムは一番大変である。
この大きなかさばる機材を自分でスタジオまで運ばねばならないから。
ワシはもうかれこれ20年近くパールのモニターをやっているので、
パールから提供してもらったドラムセットももう全部で7台となり、
2台が日本、あとの5台は全部北京に送ってある。
総重量570kgあった・・・
北京にある5台のドラムセットのうち、
ひとつはS社長のスタジオに置いてあり、もうひとつはLプロデューサーのスタジオ、
そしてJazzセット(小すいか)は今後のJazzライブのためにJazz-yaに置いて、
後はどどんと今の住処に置いてある。
ドラムの山である。(すいかドラムとかいろいろ・・・懐かしい・・・)
いつもS社長のスタジオか、Lプロデューサーのスタジオで録ってくれれば、
ドラムを運ばなくていいので楽なのだが、先方にも都合があるのでそうはうまくはいかない。
アシスタントの重田に連絡して、指定のスタジオに指定の時間にドラムを運ばせる。
ドラムのフルセットをタクシーに積んで運ぶので彼も大変である。
さてワシは指定された時間に指定されたスタジオに行くのだが、
初めてゆくその日のスタジオは珍しく市外の南側にあった。
スタジオは大体北側か、遠くても西側に多いので、南側には滅多に行く機会がない。
ともすれば初めてゆく場所なのだが、
ワシにとってはとある小さな思い出のある場所であった。
数ヶ月前になるであろうか・・・
香港の夜総会好きの友人Wは、突然北京にやって来て「会おう」と言うので、
タクシーに飛び乗って行き先を伝え、そのまま着いたところが
想像にたがわず夜総会、つまりカラオケ(と言う名のキャバレー)であった。
着いた頃には上機嫌でカラオケを熱唱するW。
ワシは挨拶して一緒にちょいと酒が飲めればそれでいいのよ・・・
頼みもしないのに店長がやって来て「女の子を選べ」と言う。
いいの、いいの、ワシは・・・女の子おったってろくなことないから
https://www.funkycorp.jp/funky/ML/68.html
と断るのだが、それでは店長のメンツが立たないのであろう、
仕方がないので女の子がたむろする場所、いわゆるここが「ひな壇」なのであろう、
そこに連れて行かれ、
仕方がないので適当に奥に座っている地味で目立たない女の子を指名した。
「おっ!!」
店長が何やらちとびっくりした仕草をしたので「どうしたの?」と聞くと、
「この娘は今日が初仕事なんですよ」と言う。
テーブルについた彼女も
「始めまして。私は昨日北京にやって来たばかりで今日が初出勤です。
至らぬところもあるでしょうがお許し下さい」
とお辞儀をする。
見れば素朴で、こんな商売にはまるで似合わないような娘である。
「いくつ?」
聞けば20歳だと言う。
どんな家庭の事情でこの仕事を余儀なくされたのであろう・・・
ワシはこの後打ち合わせがあり、
人と会わねばならないので「持ち帰り」などとうてい出来ないが、
飯をまだ食ってないので、連れ出して一緒に飯でも食うと言うのはどうだろう。
やり手ババアのママさんに聞いてみる。
「300元払えばいいわよ」
キャバクラの店外デートのようなもんか・・・
よし!じゃあ300元!
最近金があるのでつい無駄遣いをしてしまう・・・
アホな男である。
「じゃあ着替えて来させますから」
ママさんが彼女を裏に連れてゆき、しばらくして私服に着替えて戻って来た彼女は、
どっから見ても「田舎から出てきたばかりの素朴な女の子」である。
思えばWに初めて香港の夜総会に連れて行かれた時、
なかなか「女の子を選ぶ」と言うことが出来ず、
キレたママさんに「あんた結局どう言う女の子が好みなの!!!」と言われ、
「うーん・・・素朴な女の子・・・」
と答えたら「んなんがこんなとこにおるかい!!」と大笑いされたことがあったが、
思えば彼女こそ希少な「素朴な女の子」そのものではないか・・・
Jazz-yaに連れてゆき、とりあえずカクテルと飯を頼んだ。
「君の初仕事に乾杯!」
男は金持ってるとちとかっこいいことが出来て素敵である。
差しさわりのない程度に聞いてみる。
「なんでこんな仕事始めようと思ったの?」
別に言えることだけ言えばいい。飯を食い終わったらそのまま別れて、
恐らくまた会うことはあるまい。ワシはただの彼女の初めての客なのである。
身の上話を聞いてるうちにちょっと説教癖が出てしまう。
「でもさあ、あんたこの仕事がどう言う仕事かわかってんの?
もしこのまま俺があんたと寝るって言ったら寝なきゃなんないんだよ。
わかってんの?」
彼女の顔が少し曇る。
しばしの沈黙・・・
場が持たなくなって口を開くワシ・・・
「でも、どんな生活にだってそれなりの幸せはある。
問題なのは覚悟を決めて飛び込むかどうかだよ。
覚悟さえ決めればどんな生活にだって絶対それなりの幸せはあるからね」
Jazz-yaのキャンドルの炎のせいか、初めて飲むカクテルのせいか、
彼女の頬が少し赤らんで、目が心なしか潤んでいるように見えた。
都会の華やかなバーの雰囲気のせいか、初めて飲むカクテルの酔いのせいか、
彼女がだんだんと能弁になる。
「嬉しい。今日は私の記念日。今日のことは一生忘れない。私、頑張る!」
彼女と乾杯する。
「俺は友人が夜総会を経営したりしてるんでこの商売のことはだいだい知っている。
この商売の女の子の末路がどう言うのかも知っている。
最後には落ちぶれていなくなってしまうか、
生き残ってあのやり手ババアのママさんとなって別の女の子で稼ぐか・・・
どっちにしてもこの世界に住んだら女の子はすぐに変わってしまう。
お店にいただろ、あの派手な女の子。
あれがこの世界のプロだよ。ああじゃないと稼げない。
あんたもいつかああなってしまうのか、それもいいだろう。
でもあんたの初めての客は素朴な女の子が好きっつう変な客だった。
君の今が好きだった。
その初めての変な客からのささやかな願いを言わせてもらうと、
出来ればあんたにはこのまま変わって欲しくない。
でもそれもきっと無理な話だろう。だからせめて
今の素朴なあんたを好きだった変わった客がいたんだ
と言うことを覚えていてくれればそれでいい」
彼女の初めての客は、彼女に300元を渡してタクシーに乗せ、
自分は次の打ち合わせ場所へと向かって行った。
方向も彼女は南側、自分は北側。まるで反対方向である。
生きている世界もまるで違う。もう会うこともないだろう・・・
しかしまるで接点のないこのふたりを、携帯電話のショートメールがつないだ。
「昨日はありがとう。いい思い出になりました。あなたの仕事が順調であることを願います」
お決まりの営業メッセージである。
お決まりの返事を返してそれで終りのつもりだったが、
アホなワシはどうしても彼女のことが気になって仕方ない。
「どや?客がついたか?生活は順調か?」
いらぬ心配をしてメールを送ってしまう。
メル友をやってるうちにいろんなことがわかって来る。
彼女の収入は指名されて初めて彼女に入ってきて、
誰からも指名されなければボーズ、つまり一日ひな壇に座っててノーギャラである。
世の客はどうせ金を払うなら派手でセクシーな女の子を選ぶので、
彼女のようなキャラクターではなかなか勝ち目がない。
しかも彼女の一張羅のドレスや化粧品なども全て自前で用意せねばならない。
考えてみればキツい商売である。
「いいよ。飯ぐらい奢るよ」
ある日仕事終りに彼女を食事に誘った。
食事だけの300元でも彼女の収入になったらそれはそれでいい客である。
「初めてのいい客」をやり続けるのも大変である。
田舎から出て来て右も左もわからない彼女と待ち合わせ。
仕方がないので彼女の住んでいるところの近くにする。
彼女が転がり込んでいるホステス仲間のマンションの向かいのレストランに、
彼女はあの時と同じ服を着て来ていた。
それが今回ワシがドラムを叩きに来たスタジオの隣であったのだ。
「よ、この前と同じ上着だね。かっこいいじゃん!」
美的センスがゼロのワシが何とか服装を褒めようとすると墓穴を掘る。
「私・・・着の身着のままで来たからこの服しか持ってないの・・・」
食事をしながら彼女のグチを聞いてあげる。
職場のこと、家庭のこと、そして慣れない北京での生活のこと・・・
「じゃあ友達紹介してあげるよ。
俺の周りは有名人だけじゃなく食うや食わずのミュージシャンがいたり、
いろんな奴がいて面白いよ。
別に自分の職業言わなくてもいいし。
集団就職で来て夜レストランで働いてるとでも言っておけばいいじゃん。
君を見てまず水商売だと思う人はいないよ。
その代わりね、自分の商売を卑下しちゃだめだよ。
好きでやってるわけじゃない、これやらなきゃ生きていけないからやってんだから。
仕方ないんだからあんたが悪いんじゃない。
こんな仕事やってるからってあんたはむしろお天道様に胸張って生きていかなきゃ。
どんな生活にだってそれなりの幸せがあるんだから。それを早く見つけようよ」
そして彼女の「最初の客」は、その頃から彼女の「最初の友達」となった。
毎日のように彼女はひな壇からメールを書いて送って来たが、
彼女のグチは日増しにひどくなって来た。
ある時にはまた仕事終りに彼女の家の近所まで行って飯を食ってグチを聞いてあげた。
友達なのでもちろん300元も払わない。
そんなある日、ぷつんと彼女からのメールが途切れた。
仕事が終わってもメールが来ず、心配して電話をしても電源が入ってない。
そして次の日の昼間も連絡が取れず、夜になってひな壇からメールが来た。
「ごめんなさい。仕事終わって電話を同居人に渡したまま朝まで帰らなかったから・・・」
ピンと来た。彼女は初めて客をとったのだ・・・
それはそれで喜ばしいことではないか・・・ちょっと複雑な心境ではあったが・・・
そしてしばらくしてひな壇からメールが来た。
「この街はなんてひどい街なの・・・
私はここに来てからひとつたりともいいことなんてなかった。
世の中ってどうしてこんなに不公平なの。
私だけがどうしてこんなに辛い思いをしながら生きていかなきゃなんないの」
一生懸命慰める。
「どんな生活にだってそれなりの幸せがあるから」
すぐに返事が来た。
「幸せですって?私には遠すぎるわ・・・あまりにも遠すぎて絶対につかめない・・・」
あまりにも可哀想で、彼女にメールを送った。
「じゃあ今日仕事終わったらぱーっと行こうか。家の近所まで迎えに行くよ」
心なしか彼女のメールの表情がぱっと明るくなった。
そして真夜中の1時。彼女が仕事が終わったとメールが来る。
タクシーに飛び乗るワシ・・・
家に着いたとメールが来る。
もうすぐ着くよとメールを送る。
しかし家の近所に着く頃にメールが途絶える。
電話をかけても通じない。
当時はまだ寒かった・・・
門の前で1時間彼女からの連絡を待った。
でも連絡が取れず、ワシはあきらめて家に帰った。
南側からワシの住む東北側はタクシーでも非常に遠い。
道のりの半分を過ぎた頃、彼女からのメールが届いた。
「やっぱり来てくれなかったのね。ずーっと待ってたのに・・・じゃあおやすみなさい」
急いで電話をするワシ。
「やっとつながった!!ずーっと電話してたのにつながらなかったよ。
メールも送ったのに・・・」
聞けば「家に着いたわよ」の返信以来全てのメールが不達であったらしい。
回線が悪いのか、その時だけワシの電話にも電話がつながらなかったらしい。
不思議な話である。
「俺は寒空の下、1時間ずーっと君のこと待ってたんだ・・・」
にわかに信じがたそうな彼女。
「じゃあ今から戻るよ。外で待ってて」
しばらく考えてから彼女は優しくこう言った。
「いいの。今日はもう遅いから寝ましょう。また今度ね」
それからワシは日本に帰ってしばし仕事をし、
忘れかけてた頃、久しぶりに彼女からメールがあった。
「私・・・明日故郷に帰ります・・・」
ワシは急いで彼女と連絡を取って呼び出した。
「今日は門のところまで出て待っててくれ。前回みたいなことがないように。すぐ行く」
彼女はまた同じ服を着て門のところに立っていた。
1ヶ月働いて彼女は自分の服ひとつ、
靴下ひとつも買うことが出来なかったのである。
「明日帰るんだったら俺が北京で一番綺麗なところに連れて行ってやる」
皇帝の保養地だった后海と言う湖のほとりを手をつないで歩いた。
ベンチに座って真夜中の湖を見ながら語り合う。
「この街に幸せはなかったわ」
湖を見つめて悲しそうにつぶやく彼女。
「バカヤロー。幸せなんかなあ。つかむもんじゃ!努力もせんで何の泣き言じゃい!」
ちょっと興奮して奮起を促すワシ・・・
「でもね、世の中は平等じゃないの。幸せな人もいれば絶対幸せになれない人もいるの」
「アホか!世の中が平等なわけないやないかい!お前と俺が平等か?
お前が女である全てを捨てて稼ぐ金を俺はドラム叩いたら1日で稼ぐことが出来るんや。
誰が世の中平等や言うた?んなもん絵空事や。
でもお前よりも不幸な奴も俺はたくさん知ってる。
この国は特にヒドい。そんな話は珍しくないぐらいどこにでも転がってる。
でも低く生まれた奴はみんな不幸か?高く生まれたらみんな幸せか?
低く生まれても幸せな奴もいれば高く生まれても不幸な奴もいる。
上を見ればきりがないし、下を見てもまだまだ下はいる。
この自分の世界だけを見て、その世界の自分だけの幸せを探すんじゃ。
絶対に見つかる。見つからんのは努力してないからじゃ。
神様は人を確かに不平等に生んでるけど、幸せをつかむ権利は平等や。
ただその幸せの種類が人によって違うだけや。
見つけたらそれはその人だけのかけがえのない幸せや。違うか?」
ワシはひとりの娼婦の物語を彼女に話した。
一人っ子政策の二人目の子供である彼女の家庭は、
その罰金のためにただでさえ貧しかったのが、
お兄さんが犯罪を犯して刑務所に入れられ、
その命を守るために毎年多額の賄賂を送らねばならない。
その天文学的なお金を彼女は北京まで来て身体を売って稼ぐ。
しかし働いても働いてもお兄さんは出獄できない。
父親からは毎日催促の電話。
もう生活力もない両親。その生活も全部彼女の稼ぎの肩に乗っかる。
怒鳴り散らす彼女。金、金と毎日電話をかけて来る親・・・
この世の地獄である。
その金のためにありとあらゆることをやって、その娼婦は22歳でもうぼろぼろであった。
それに比べたらこの新米娼婦なんぞいい方である。
このまま故郷に帰って、落ちるところまで落ちずに
それなりの幸せをつかむことは出来ないことではないようにワシなんかは思うが、
しかし所詮は違う世界の人間が傍観して勝手なことを言ってるだけのことである。
まさしく「住んでる世界が違う」のである。
しばし無言で湖を見つめる。
「じゃあ私、帰る・・・いろいろどうもありがと・・・」
彼女が立ち上がる。
つないだ手を離したらもう二度と戻って来ないような気がしたが、
ふたりはその手をそっと離した。
最後にワシはまた彼女に
「どんな生活にでも絶対にそれなりの幸せはある」
と言った。
ちょっと苦笑いを見せて彼女はうなずいた。
タクシーを止めて彼女を乗せる時に、最後にちょっとだけ聞いてみた。
「ねえ・・・あの日・・・もし電話が、メールが通じてたら・・・俺たちひょっとして・・・」
彼女は何も答えず、ちょっと背伸びをしてワシのほっぺにキスをしてタクシーに乗り込んだ。
「ええ話やないの・・・」
3曲のドラム録りは順調に終り、
飯を食いながらミュージシャン仲間に思い出話を語っていた。
一番女遊びが激しいロックミュージシャンEが俺にこう言った。
「でもな、娼婦はしょせんは娼婦よ。お前と彼女は住むところが全然違う。
お前はバカだからわかっとらんかも知れんが、彼女はじゅうじゅうわかっとるよ。
男はなあ・・・金を持つと変わるんだ。女はなあ・・・金がないと変わるんだ」
今ではめったに来ることはない南側の懐かしい街角を後にした。
ファンキー末吉