ファンキー末吉とその仲間達のひとり言
----第26号----
2000/09/06 07:30
香港行きもあわやキャンセルか?!・・・
NYで二の腕とわき腹にぶつぶつをもらって来た。
みんなは「悪いもん食ったんだろ」と言うが、
そんなそんな、朝からエイジアン・フードしか食ってません!
それに、内的要因で出るぶつぶつは、
お腹だろうが背中だろうがわきの下であろうが、
とにかく柔らかいところを中心に至る所に出て来る。
二の腕を中心と言うのはどうもちゃうんではないか・・・
10年程前、
爆風のテレビ収録スケジュールで、
昼の1本目が終わり、夜中までかかって2本目を撮ってた時、
お腹にぽつんと水泡が出来た。
「ありゃ?」
収録を続けるにつれそれがどんどん増えて来る。
「カメリハいきまーす。はい次本番でーす」
本番になるとカメリハにはなかった顔にもぽつんと出来る。
「おりょ?」
しかし身体はいたって元気。
心配するのはメイクさんぐらいで、みんなは
「末吉、また悪いもん食ったんじゃねーの?」
ぐらいで気にしない。
(みんな俺の食生活をどう思っとるんじゃい!)
「エイズとちゃうか?」
当時エイズと言う言葉が初めて囁かれだして、
何かにつれそんなことを結び付けたくなる。
ぼつぼつが身体じゅうに広がった。
するといきなり体力ががたっと落ち、
突然熱が出て立ってられなくなった。
楽屋でぶっ倒れてうなされながら考える。
「そう言えば雑誌で見たエイズの何たら肉腫っつうのはこんな感じやった。
俺はきっとエイズなんだ、もう死ぬんだ・・・」
人間しんどくなるとどうも悲劇のヒロインになりたがる。
ふーふーいいながら収録を終え、救急病院に運ばれる。
しかし日本の医療制度がこれだけ整っているといいながら、
大病院での患者の扱いはそれはそれはぞんざいである。
寒いロビーで熱にうなされながら待たされること1時間。
病気が病気やったらマジで死ぬでぇ。
やっと順番がまわってきて見てもらったら、
「水疱瘡(みずぼうそう)です。明日9時以降に来診して下さい」
でおしまい。
そして朝から今度は2時間待たされてやっと診察である。
ひどい・・・
その頃にはぶつぶつは全身に広がり、
お腹といい背中といい、
それが寝返りをうつとその水泡が破裂し、シャツがウミで黄色くなる。
あー思い出しても気持ち悪うぅ・・・
そう、内的な要因で出来たぼつぼつは、このようにところかまわずなのである。
でも今回はむしろシャツの外側、と場所をわきまえて出ている。
「虫さされとちゃうの?」
しかしぼつぼつに虫の食ったような後がない。
まあそんなに痒いわけではないのでそのまま帰国し、
「痒くて死んだ奴はおらん!」
とばかり仕事にいそしんでいたら、
今度はそのぶつぶつが腫れて大きくなりだした。
さすがに近所の皮膚科に飛び込んだが、
「これが日本で出来たぶつぶつなら
虫なら虫、かぶれならかぶれと原因を特定してそれに対する治療が出来ますけど、
外国でなったもので、状況もわからないものに対しては的確な対処が出来ません。
とりあえず痒み止めを出しときますから明日もう一度来て下さい」
けだしごもっともである。
痒さにさいなまれながら一生懸命考えるに、
みんなと違った食事をとったわけでもなく、
唯一違ってたのはふとんである。
エンジニアの松宮宅に泊まったのだが、
彼のベッドのマットレスを引き摺り下ろして、
その下のマットレスの上にシーツをかけて寝ていた。
そこに何か俺だけにかぶれる要因があったのではないか。
だって二の腕とわき腹とちょっとだけ太ももと言えば、
Tシャツとパンツの寝乱れ姿で布団に触れるところではないか・・・
ま、かぶれだったらどうせこれ以上広がることはないだろうからいいや、
そのうち腫れもひくでしょう。
と気楽に考えて日本での仕事にいそしむ。
ちょっと日本に帰って来たら、
テレビやラジオのレギュラー録りで大変なのである。
朝8時からFM香川の電話出演をこなし、
10時にはNHKに入り中国語会話の2本撮り。
この日は無理言って早く出させてもらい、
FM−COCOLOの2本録り。
その2本目ぐらいについに症状がピークを迎えた。
あれ、気が付いたらこれ、体じゅうに出来とるぞ。
増えて来とるわ腫れて来とるわ、
腕なんか藤壺みたいにごつごつと1.5倍の大きさに膨れ上がっている。
足や背中にもぼつぼつが出来、
しまいには顔や首筋にも出来だした。
まずい!半日後には機上の人なのに・・・
二の腕がこんなに腫れあがり、
こんなに熱を持ってるんだから、
これが全身に広がった日にゃあ、あの水疱瘡の比ではなくなる。
水泡であれほどふらふらだったんだから、
この象皮病のような腫れ上がり方だとステージは無理じゃろう。
10年前水疱瘡を押してツアーを敢行し、
ライバル・メドレーの中でのバク宙を失敗し、
顔面から墜落しておでこの水泡をつぶしたのを思い出した。
しかし今回の香港ライブは日本からツアーも出てるし、
何より無理してせっかくブッキングしてくれた香港のエージェントの顔をつぶすことになる。
中国人の顔をつぶすぐらいなら自分の顔の水泡潰した方がマシである。
「最悪、俺だけ当日入りにして明日は日本で病院に行く!」
だいたい日本人と言うのは昼間働いてて病院行く時間などはないはずなのに、
仕事終わった夜には病院が開いてないとはなにごとぞ・・・
チケットをキャンセルして次の日の便で行くしかない。
心配して収録スタジオまでかけつけた事務所の社長、綾和也が、
あまりにひどい俺の状況を見て、はたまた俺を救急病院に担ぎ込んだ。
「救急なんてアテにならんで。明日来診して下さいで終わりや」
10年前の苦い思い出を思い出す。
「末吉ぃ、次の日の香港行きはファーストクラスまで全部売り切れや。
ライブをやるためには予定通り明日の朝一番に乗るしかない」
選択肢はふたつ。
ここで救急病院で見てもらって応急処置をしてもらい、
後は香港で病院を探すか、
見てもらわずに香港で病院を探すかである。
四川省の山奥で気管支晴らしてぶっ倒れ、
四川訛りのきつい医者の治療を受けたのを思い出した。
「とりあえず日本語通じるところで一度見てもらおう」
当然のなりゆきである。
待たされること30分。
靴を脱いでみると足も見事に腫れ上がっている。
今やまるでFLYの映画でハエ男に変身しつつある主人公のようである。
当直は女医さん。しかもかなり若い。
「あら、末吉さんって爆風スランプの方ですか?」
「そうですが・・・」
「私コンサートよく行ってました」
そうか・・・あの頃ファンだった女の子がこうして女医さんになっているのか・・・
バンドは長くやるもんである。
元ファンの前でパンツいっちょになり、
ぼつぼつの位置を確認する姿もたいがいのものがあるが、
しかしおかげで女医さんはかなり熱心に治療をしてくれて、
皮膚をいくつも採取しては顕微鏡で検査してくれた。
「深夜だし私ひとりしか決断を下せない状況で断定は出来ませんが、
これは虫が原因である可能性が高いと考えられます。
顕微鏡でも断定は出来ませんが虫と卵の姿と思われるものが見えてます」
その虫を疥癬(かいせん)と言う。
NYはブルックリン、古い友人宅のベッドの、
上のマットと下のベッドの下に巣食ってたのは疥癬虫。
ブルックリン訛りの英語を喋る。
(喋らん喋らん・・・)
腫れ上がった二の腕を長袖で隠し、
なんとか香港に入国した。
迎えに来たエージェントにびっくりされながらホテルにチェック・イン。
身体じゅうに薬を塗りたくって部屋で寝ている。
明日(もう日付的には今日だが)のライブ、大丈夫かなあ・・・
ファンキー末吉