ファンキー末吉とその仲間達のひとり言

----第40号----

2001/04/09 11:40

週末、北京に住む日本人留学生の爆風ファンからMailが来た。
前回のメルマガを配送する前のことである。

「最近HPも更新がないし、メルマガも届かないし・・・一体何してるんですか?」

まあなるほどと言うMailである。
昔爆風が売れに売れてた頃、
人生これほど忙しいと言うことがあるのかと言う毎日だった頃、
全国ツアーとレコーディングに追われ、
ベストテンだのトップテンだのへの露出が少なくなったある時期、
香川県のうち近所の商店街のオッサンがうちの親にこう言ったらしい・・・
「覚くんももう終わったんかのう・・・
東京でヒマしとるぐらいやったら帰って来いやと伝えてくれ」

まあ昔はテレビだけしかワシが活動しとるかわからんかったが、
今はインターネットだけしかわからんと言う・・・
これって広まったの狭まったの?・・・

ところでそのMailにこんなことが書いてあった。

「BEYONDのドラマー、Wingさんが北京で何かライブをやるらしんんです。
末吉さん、何か知ってますか?」

Wingと言えばワシの大親友である。
彼が日本の女の子と遠距離恋愛してた頃は、
よく香港から国際電話で相談を受けたもんじゃ・・・

去年来日して五星旗の「1.5」と言うアルバムに参加してもらったが、
その時は、Jazz屋で飲んで朝まで説教された。
何かワシの結婚前に嫁と密談を交わしたその席だったらしい・・・
「お前、家庭をもっと大切にせなアカンでぇ!」

そんなやりとりを聞いてたバーテンの南波。
「俺、今日は感激っすよ、末吉さん。
ダチって本当にいいもんですよねえ。
そんな出逢いの場所でシェーカー振らせて頂いてるの、本当に幸せっす・・・」

と言いつつ奴ももう独立してワシの出版の仕事とか手伝いながら、
今は時々お手伝いでしかJazz屋には立ってない・・・

同様に時代は移り変わるもんで、
BEYONDはボーカルの黄家駒が日本でバラエティー番組の収録中に事故死、
3人で見事に復活したが、現在は活動休止である。
各メンバーのソロ活動が注目されている今日この頃だが、
ギターのポールは先日ソロアルバムを発売し、
ワシも2曲ドラムを叩いている。
Wingは昔から「北京はRock Townだから行きたい」と言ってたが、
残念ながら今回はRockではなく、ディスコで何かするらしい。

急に無性に会いたくなって電話をしてみる。
「北京に行くってホンマか?(これ、日本語訛りの中国語)」
「おう、何で知ってんねん?(これ、広東語訛りの中国語)」
行くぞ!北京で素敵な仲間達と酒を飲むんじゃ!

週末のスケジュールを調整して、
いつもの旅行会社に電話を入れる。
「明後日のチケットよろしくね!」
しかし後の祭りだが、これがいつもの旅行会社だったのが悪かった。
チケットをわざわざ自宅近くまで持って来てくれて受け渡し。
久しぶりに会ったので立ち話などして、
「じゃあ」
と別れたその瞬間。
旅行会社のその友人の一言。
「末吉さん、確認してなかったんですけど、ビザは大丈夫ですよね・・・」

日本人が中国に入国するためにはビザが必要である。
またこれが通常では1次ビザで、
行く度に新しいのを取得しなければならないので大変なのだが、
ワシの場合はもう「マルチビザ」っつうのをもらっていて、
一度のビザで何回でも入国出来るのさ・・・

「まあマルチやから大丈夫やと思うが、確認して見るわ・・・」
その場にパスポートまで持ち歩いているのがワシの生活である。
このパソコンバッグさえあれば、
ワシはいつどこにでも逃亡出来て、
そこで仕事から生活から全て出来るのである。

「ビザが切れとった・・・」

かくして北京行きは土壇場で断念・・・
チケットをキャンセルし、とぼとぼと自宅に帰る・・・

自宅には今、何故か家族以外の人間が住んでいる。
通称「マオミー」と言うが、
この人、数年前日本人と結婚して、
何で旦那ほっといてずーっとうちにいるのかようわからんが、
まあプライバシーやし、込み入った話を中国語でするのもめんどくさいので、
気が付いたら何も聞かずにもう1ヶ月近く一緒に暮らしている。

まあ家事一切をやってくれる主婦的人間で、
うちの嫁と違ってキーキー言うこともないので暮らしやすいが、
今これを書いている現在など、
嫁が仕事に行ってるこの時間、
どうしてこの赤の他人とふたりっきりで過ごしているのか少し不思議である。

この前までは「シャオマー」と呼ばれる若い娘が住んでいた。
ある時期など韓国に留学していたその彼氏まで住んでいた。
彼氏も移り変わり、日本語を喋れないアメリカ人まで来た日にゃあ、
中国語と英語の狭間でえらい疲れた・・・

そう言えば当時は嫁も子供連れて北京に里帰りしてて、
数ヶ月その若い娘とふたりで暮らしてたこともあったなあ・・・
よう間違いがおこらんかったもんじゃ・・・

その娘、思えば巨乳系であった。
うちの子供をマザー牧場に連れて行った時、
牛の乳搾りをさせようとして、
その牛を見たその瞬間にうちの娘が牛のオッパイを見て一言。
「シャオマーみたい・・・」

あいつは牛か!

今ではアメリカに留学している。
元気だろうか・・・

ある日、がらっと部屋を開けたら風呂上りのその娘に遭遇したことがある。
むふふであるが、
それ以来ワシは人の部屋には入らないようにしている・・・

人の部屋と言ってもワシの家だが、
うちの家にワシの部屋はない。
このパソコンバッグだけがワシの全てである。
このまま家が火事になって全てを失ってもワシは少しも困らん・・・

昔は家にちょっとしたレコーディングが出来る部屋があった。
昔はそこで数々の名曲を生み出した(これ言い過ぎ!)のであるが、
子供が出来て、制作活動の佳境の時に邪魔されるのも大変である。
ヒドい時には、ワシが物凄くのめり込んでいて、
入り込んで入り込んで、涙流しながら曲作ってて
(実際あるのよ、そんな瞬間・・・)
もうちょっとで出来上がるっつうその瞬間に嫁が部屋に入ってきた。

がちゃ・・・

ずんずんずん・・・・

むぎゅ!
(これワシの耳をつかむ音)

「痛ってー!・・・な、何すんねん・・・(痛くても瞬時にこれを中国語で言うワシ・・・)」

嫁はものも言わずワシの耳を引っ張って、
ずんずんとワシをお風呂場までひきずってゆく・・・

「我給説一百遍了!」

はあ?・・・

言葉が聞き取れてないのか、
あるいは正しく理解出来てないのか、
はたまた状況を理解出来てないのか、
彼女の行動を理解出来てないのか・・・
恐らく全て理解出来てないのである・・・

きょとんとして一生懸命頭を働かせているワシ・・・

嫁はやっと耳から手を放してワシにまくしたてる。
「○☆◇●§£¥★▲※□・・・!」
怒ると早口になる上に、
「罵人話」と言う人を罵る学習したことのない単語が増えるのでさっぱりわからん。

見ると、風呂場の水道からぽたぽたと水滴が落ちていた・・・

きれい好きで神経質で、
耳と鼻が異常にによくて過敏な嫁は、
はたしてその音に我慢出来なかったのか、
はたまた家計を預かる者として水道代の節約のために怒ったのか・・・

部屋に戻ったワシは、
作業を再開しようと思っても、
そのインスピレーションのかけらも残っておらず、
こうして世に出ずに埋もれていった名曲は実は数多い。
(これ、ちょっと言い過ぎ・・・)

うちの嫁、
その時の水道代をケチって、
ひょっとしたら数百億稼ぐやらわからん名曲を失う・・・
(これ、かなり言い過ぎ・・・)

こんなこともあって、
うちの機材を全部仮谷くんちにあげてしまい、
今では全てをこのノートパソコンでやっている。
近所の公園とドトールコーヒーがワシの職場である。

もうすぐマオミーが飯を作ってくれるが、
子供が帰って来る時間を見計らってワシはまたパソコンバッグ持って家を出る。
パスポートも持ち歩いとるし、
このままどっかに行ってしまってもいいのじゃよ・・・

暖かくなって来たんで、北京もええのう・・・

ファンキー末吉


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