ファンキー末吉とその仲間達のひとり言

----第51号----

2001/11/16  23:40

北京は激さむである。
いつものように自転車でスタジオにやって来たが、
もう寒くて帰るに帰れないので置いて帰った。

最近この会社が新人のアーティストと契約したらしく、
俺のスタジオ
(と言ってもスタジオの事務所にデスクとパソコンを置いただけだが)
の真後ろのミーティングルームの机を占領して、
その新人がところ狭しと機材を広げている。

聞けばこの新人、東北地方かどっかの田舎モンで、
家財道具全部売り払って、親にまで借金させて、
今やこの機材だけが唯一の財産であるそうだ。

曲を200曲以上書きため、
DEMOテープを持って上京。
いろんなところを回っては見たものの、
「音楽性が、ちと今の中国では先進的過ぎる」
とどこにも相手にされず、
「まあこんな新しい音楽だったらあの会社がいいよ」
とばかりみんながここのS社長を紹介したらしい。
おかげでS社長のところには
いろんなところから同じ彼のデモテープが山ほど届き、
「しゃーない、会うたるかい!」
とばかり面接をしてDEMOを聞いたらびっくり!
「ものすごいええもん作っとるやないかい!」
即契約である。

「君はどんな方向性で何をやりたいの?」
そう言うS社長の質問に新人は一言。
「朝から晩まで音楽やれてたらそれでいいんです」

アホである。

実際、彼は毎日朝からここにやって来ては、
何も言わずにずーーーーーーっとパソコン相手に音楽作っとる。
友達がいるようにも見えず、何か趣味があるようにも見えない。
ルックスもさほどぱっとするわけでもないので、
S社長は誰か女の子かなんかとユニットを組んでデビューさせる腹らしい。

それで最近よく女の子がオーディションに来ているのか・・・

スタジオの本業務が始まる午後2時より前に、
時々得たいの知れない女の子が来ては
中国人エンジニアに歌を録ってもらっている。
(そんなことを知ってるほど毎日スタジオに詰めてる俺もアホだが)

ある時、その中国人エンジニアが俺を呼ぶ。
「ファンキー、VCDの音だけを取り出すのはどうするんだ?」
俺は今やここのパソコンのトラブル処理班である。
この事務所で一番パソコンに強いのが俺だと言うのが情けない!

聞けばその女の子がVCDで曲を持ち込んだので、
そのカラオケトラックを使ってDEMOを録りたいらしい。
「末吉スタジオ」でWavデータに変換してやり、
CD-Rに焼いてあげて自分の仕事に戻る。

しかしまたすぐ呼び出される。
「ファンキー、これだとVCDの歌詞が見れないじゃないか・・・」
知ったことかい!っつう感じだが、
別にヒマなので「じゃあ俺のVAIOで見ながら歌えば」と、
結局ブースの中に入って女の子に歌詞を見せてあげる。
しかも字幕が動くので曲に合わせてスクロールしてあげねばならない。
「歌詞ぐらい自分で持って来い!」っつう話である。

だいたいにして中国人の女の子は誇り高いと言うか早い話、気が強い。
彼女にとっては俺のことはきっとその辺の事務員ぐらいにしか思ってないのだろう。
「ちょっと、字幕がずれてるわよ」
と言わんばかりにツンケンする。

まあ美人なので許す!

俺の人生って一体・・・

それにしてもこの会社は最近わさわさと忙しい。
看板歌手の陳琳(ChenLin)のレコードが発売されるからである。
おかげで日本人エンジニアのKEIZOは、
毎日こもってメインスタジオでTD等をしている。

このアルバムでもまた呼ばれて何曲かドラムを叩いた。
このスタジオには自分のドラムセットがあるし、
ドラム録りなどほんの30分か1時間ぐらいなので楽である。
ギャラも日本のとさほど変わらんし・・・

聞くところによると、
日本では末吉と言うとドラムだけで呼ぶには恐れ多い存在だと思われてるらしい。
アレンジやプロデュースのイメージが強いかららしいが、アホな話である。

先日は成方圓と言う女性歌手からアレンジを頼まれた。
ある年代以上の人なら知らない人はいないと言うから、
私の近い人で言うと未唯さんみたいなもんではあるまいか・・・

先日の私の仕事で、テレビなどでもご一緒させて頂いた、
陳琳(ChenLin)のライブ用音源、
ウィグル族の民謡ラテンバージョンを聞いて、
えらく感激して訪ねて来てくれたらしいが、
あーた!ドラム仕事に比べてアレンジっつうのがどれだけしんどいか・・・

そりゃギャラは数倍にはなるし得意な仕事ではあるのでいいが、
DEMOを作るだけで半日費やして、
そして打ち合わせとデータ製作でまた翌日半日費やして、
その上、必ず「直し」がある。
ドラムなど「直し」されたことがないので非常に苦痛である。
このままレコーディングに更に数日かかるんだから、
同じ時間ドラムだけ叩いてたらどれだけ楽でいくらになるかっつう話である。
要はアレンジとかプロデュースは一生懸命やらんといかんが、
ドラムは普通にやってれば人に喜ばれるから楽しいのである。

昨日はまたドラムで呼ばれた。
別に隣の部屋に自分のドラムがあるんだから、
Mail仕事の気分転換に叩きまくるのは気持ちがいいし、
しかもやっぱ楽である。

ただ困るのは最近「こいつはどんなんでも叩ける」と思われているので、
機械で打ち込んだ奇妙なドラムフレーズを平気で叩けと言われることである。
おまけにこれまで仕事をして来て、
中国人アレンジャーがちゃんと譜面にして俺に渡してくれたことがない。
「Funky!ちょっとちょっと・・・」
と呼ばれて打ち込みのDEMOを聞かされて、
「ほな頼むわ」
と言われておしまいである。

ひどい時には他のオケは全部すでに本チャンでレコーディングされていて、
「この打ち込みをお前のドラムで差し替えてくれ」と来る。
機械と同じぐらい正確に、
しかもそれに乗せて重ねた人間のプレイの揺れにも合わせながら叩く。

もう慣れた・・・

全てが友達関係だけで成り立ってる、
いたって緊張感のない楽しい現場であるが、
先日ひとつの事件が起こった。

その音楽オタクの新人の傍らにとある美女がいたのである。

いやー俺は無粋なことは言わん!
田舎もんの音楽オタクのあいつに、
女友達のひとりぐらいおってもそりゃええじゃろう・・・

頭の中ではそう思うのだが、
どうも生理的にそれを受け付けない。
「いや、この美女はきっと、メインスタジオでレコーディングしている誰かの彼女に違いない」
そう思って自分の作業を再開するが、
彼女がすっくと立って彼がそれを送っていく姿を見るにつけ、
「人生不公平じゃ!」
とこぶしを握りたくなる。

ジブンノモノニナラナクテモコイツノモノニダケハナッテホシクナイ・・・

そして最近はこいつもスタジオに来なくなった・・・
俺は夜中にひとりでずーっとドラムを叩いていた・・・

ファンキー末吉


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