ファンキー末吉とその仲間達のひとり言
----第60号----
2002/04/10 (水) 18:00
先日いきなり黒豹のドラマーのZ氏から呼び出された。
この男、出合った頃は東北からまだ出てきたばかりの田舎モンで、
知り合った頃は黒豹のドラマーとしては見習いの時期だったので、
ろくにドラムも叩けなかった時代からの付き合いっつうのもあって、
当時から「師匠、師匠」といつもなついて来てた憎めないヤツなのであるが、
その後、黒豹が商業ロックバンドとして大成功し、
ドラムよりも今でも商売に一番熱心なのが玉に瑕である。
最近では北京唯一のJazzのライブハウスだったCDカフェの株を買い取り、
そこにJazzだけではなくテレビ局のイベントなんかも精力的にブッキングし、
最後には客離れがおこって潰してしまったと言う逸話もある。
「ファンキーさーん、オゲンキですかぁ」
変な日本語でいきなり挨拶をして来たかと思ったら、
開店前のいわゆる生バンド演奏のパブに連れて行かれた。
「紹介するよ」と言われて紹介されたのがそこの箱バンの連中。
名前は「蛍光虫」。箱バンとしては北京で十数年の歴史があると言う。
「とりあえず今からリハするから、1曲聞いてくれ」
いきなり演奏が始まる。
曲はお決まりの中国バラード。
タイトルは「離開我不必有借口」。
「俺と別れるのに言い訳はいらないぜ」ってな曲である。
「いい曲だろ、特に詞がいいんだ。これを聞いて涙しない中国人はいないぞ」
本当にそうなんだったら彼らは今頃こんなとこで演奏してないって・・・
「でもな、アレンジが今いちだと思うんだ。そこでな」
出た出たぁって感じである。
「ファンキーに是非アレンジをやって欲しいんだ」
ま、別にやぶさかではないが・・・
「それでな、明日アレンジして明後日リハやって、その次の日からレコーディングだぁ!」
お前、そりゃ無茶だろ・・・
「まずはこの曲だけをレコーディングして、それをラジオのチャートに乗せるから。
それから彼らのデビューアルバムをレコーディングする!」
中国のシステムには日本のように「シングル」と言う概念がない。
チャートも売り上げ枚数チャートではなく、ラジオのオンエアーチャートだったりするので、
アルバムの先行シングルに当たる曲を、まず全国のDJに送って、
ヒットチャートに入ってからアルバムを発売する。
もっともアルバムを発売する前には海賊版が出回ってたりするのだが・・・
彼らの演奏をパソコンに取り込んで、持って帰ってアレンジに取り掛かる。
バンドものと言うのはとかく大変である。
演奏者も意思や個性を持っているので、
とりあえずいろんなバージョンを用意してそれに備える。
これだけで徹夜である。
翌日、彼らがライブをやっている店に届けに行く。
ついでに彼らのライブを見たりする。
日本でもそうだが、箱バンと言うのは音楽家の中では位が低い。
もらっている拍手が自分達の演奏に対してではなく、そのオリジナルの楽曲なのだから、
酔客相手に流行歌謡を演奏するのも悲しい職業であろう・・・
客のリクエストも受け、突然BEYONDの曲が始まった。
「光輝年月」
ワシの大好きな曲である。
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光輝歳月(輝きの日々)
響きわたる鐘の音が 主の帰宅を知らせる
彼の生命に そこはかとない嘆きをたたえて
黒い皮膚が彼に与えた物は
膚の色のための闘いに 一生を捧げることだった
年月は 手にしていたものを失わせても
疲れたまなざしには 希望が宿っている
今日は残された抜け殻だけが
輝きの日々を迎え
風雨の中で自由を抱きしめる
さまよいと抵抗を生きて
未来を変えられると信じても
成し遂げることができるのは誰なのだろう
皮膚の色にとらわれないでいたい
この地に 人と人の上下なんてなくなってほしい
虹色のきらめきがあれほどまでに美しいのは
色と色の間に何の区別もないから
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アイドルグループとしてデビューしたBEYONDが、
日本に拠点を移してワシのかけがいのない友人となって、
毎日一緒に遊んで酒飲んで、
ボーカルの黄家駒が死んで初めて実はこんな凄い歌を歌っていたことを知った。
自分の無知と共に、自分の音楽の無力さ、小ささを思い知った思い出の曲である。
「おいおいお前、広東語喋れるのか?BEYONDの曲やってたなあ」
舞台を降りてきたボーカリストにそう話しかけてみた。
「広州に数年住んでたからね。BEYONDは俺の偶像。あんなバンドになるのが夢さ」
人を好きになるのなんてほんの少しのきっかけで十分である。
この瞬間にワシは今回のこの仕事が「仕事」ではなくなった。
よし、お前らの夢、俺がかなえてやろう!
演奏後、彼らにDEMOを聞かせて直しをせねばならない。
「どこで聞く?」
場所がないと言うので事務所に来いとZ氏が言う。
しかし連れて行かれたのはその事務所のあるビルのカラオケ屋。
しかもそのどでかいロビーに陣取って、
そのステージの巨大なスピーカーでDEMOを聞こうと言うのだ。
「ここで聞くんですかぁ・・・」
アレンジの趣旨説明をしている間にビールが運ばれてくる。
「そうだ、ファンキー。お姉ちゃんを紹介してやろう」
Z氏が店長に女の子を連れて来るよう指示をする。
「やめてくれー。とりあえず仕事をしようぜ」
中国のカラオケはいわゆるキャバレー。
お姉ちゃんは基本的にお持ち帰りOK!(であるところが多い)
打ち合わせも滞りなく終わり、Z氏が耳打ちする。
「そうかぁ。じゃあレコーディングの時には毎日違ったお姉ちゃん紹介してやるからな」
お前の頭はお姉ちゃんばっかかい!
「それとなあ、ファンキーさん」
こいつはモノ頼む時だけ変な日本語で「ファンキーさん」と言う。
「今回は予算があんましないんで、アレンジ料の方は安く頼むよ」
お姉ちゃんあてがう金があるんだったらギャラ欲しいなあ・・・
かくしてレコーディングが始まった。
バンドものは久しぶりなので力が入る。
特にドラムの音色など、中国一の音を作らねばファンキー末吉の名折れである。
スタジオとブースとを駆け回りながら、
ドラムのチューニングからマイクのセッティングにまで大忙しである。
100曲を超えるレパートリーを持つ老舗の箱バンドなのでテクニックは申し分ないが、
上手いだけでは彼らのデビュー曲にはなりえない。
そこに彼らなりの魂を入れてやらねばならないのだ。
得意の浪花節が始まる。
「お前、今何を考えながらドラム叩いてた?
ドンカマに合わそうとか、上手く叩こうとか、どんなフィルを叩こうかとか、
そんなものは音楽じゃない!
お前らが10年間箱バンやりながらずっと待ってたチャンスがやっとここにある。
お前らはどうなりたいんだ。
この曲でどんな未来を夢見てる?
それを思い描きならこの部分を叩くのさ」
中国人はワシを時々名プロデューサーにさせるからいやんなっちゃうぜ。
DEMO作りで1日、聞かせて直して1日。リハで2日にレコーディング3日。
長い1週間が終わり、最後の作業、ミックスダウンである。
ワシなんぞ終わったらギャラもらってパーっと飲みに行こうとてぐすね引いている。
音楽の仕事は取っ払いと言って、基本的に現金を即金でくれるのだ。
Z氏に一本電話入れておく。
「ミックスダウンが始まったよ。お前は来ないのか」
もちろん毎日レコーディングが終わって違うお姉ちゃんを紹介などしてくれてない。
「ファンキーさん。ゴメンナサイ。今日はそっち行けないよ。あとはよろしく」
「まあ来れないなら来れないでやっとくけど・・・ギャラは?・・・」
しばしの沈黙の後、Z氏が口を開く。
「ファンキーさん。今回は予算がないよ。悪いけど2000元でやって」
やって、ったってもうやってるっつうねん!
2000元と言えば日本円で3万ちょっと。6日で割ると1日5千円。
10時間で割ると自給500円。マクドナルドのアルバイトよりはるかに安い。
「ファンキーさん。悪いねえ。トモダチでしょ。頼むよ」
まあそこまで言われれば仕方がない。
「わかった。でもその代わり今日くれよ。終わったらパーっと飲みに行くんだから」
「ファンキーさん。ゴメンナサイ。今日行けないから渡せないねえ。
若い衆がそっち行くから彼が持ってるだけ先に渡しとくね」
ま、銭金じゃなく始めた仕事である。
金のことはいいか・・・
すでにメンバーより早く来てミキサーに指示を出し、もう音は最終段階である。
メンバーはいつものように夜の箱バンに出かける時間である。
「じゃあ俺がやっとくから、みんな、お仕事頑張って!」
さて後はDATに落とすだけとなって、突然ミキサーが全ての電源を落とし始めた。
「何すんの!もう完成とちゃうん!」
ミキサーが笑いながらこう説明する。
「は、は、は・・・もう完成だろ。だからちょっと耳を休ませて、
彼らが帰って来てからDATに落とそう」
ま、それも一理ある。
だったらワシもバンドの連中んとこでも行って、
BEYONDの曲でも聞いて前祝いのごとく酒でも飲むか!
「ギャラちょうだい!」
ワシなんかポケットの中にはタクシー代ぐらいしか持ってない有様なので、
Z氏んとこの若い衆に胸張ってこう言う。
「アイヤー、ファンキーさん。ワタシ実はそんなに持ってないね。
飲みに行くあるか。だったら300元あるから、とりあえずこれ持って行くよろし」
もらったお金は300元(約5000円足らず)。握り締めて彼らの演奏している店に行く。
BEYONDの曲をリクエストして、彼らの奢りでビールをしこたま飲むが、
休憩時間の彼らの態度がどうもただ事ではない。
「どうしたんだ?何か問題があったのか?」
そう聞くとリーダー格のベーシストが興奮しながら口を開く。
「ファンキー、明日から時間があるか?」
日本に帰らにゃあかんですがな・・・
「実は問題が起こって、全部を録り直さなければならんかも知れん」
はあ?!
「試しに使ってみて、もしよかったら正規料金をくれ。悪かったら金はいらん」
まことに中国人らしいこの交渉術で格安で借りたこのスタジオ。
メンバー側にしたら「無料で借りた」と思い、
スタジオ側からしたら「DAT持って行くなら金払え」である。
だからエンジニアは最終段階で電源を全て落としたのである。
あのう・・・ワシのギャラは?・・・
6日間働いて300元。
1日50元。
自給にしたら5元。
ま、内陸の田舎から出稼ぎに来て、道端で寝ながら道路工事してる人達と同じぐらいね。
Z氏よ!お姉ちゃん紹介する金があったらワシにギャラくれ!
そいでそのスタジオ代ぐらいちゃんと払え!
どっちにしてもお姉ちゃん持ち帰るより安いやないかい!
蛍光虫の離開我不必有借口、今だにラジオチャートに上がったと言う話は聞かない。
ファンキー末吉