ファンキー末吉とその仲間達のひとり言

----第70号----

平成 14/10/05 (土) 10:50

10月1日夕方、
香港の彼の自宅の浴槽にて彼の婚約者が死んでいるのを彼自身が発見した。
香港中のマスコミがこぞってこれを報道し、
それを見た彼のファンからMailをもらったワシは、
北京からすぐさま香港に飛び、今彼のその部屋にてこれを書いている。

BEYONDは今年で結成20周年を迎え、
10周年目はボーカルの黄家駒が日本のバラエティー番組で不慮の死を遂げたので
何の大きな10周年記念活動も出来なかったので、
今年こそは活動停止中のみんなが集まって何かやりたいねと言ってた矢先である。

死因は検死の結果を見なければわからないとされているが、
シャワーを浴びていた彼女が貧血を起こし、湯船に倒れて溺死したと言われている。

もちろん彼とそんな話はしない。
昨夜はふたりでこの部屋で、
残されたシューマンと言う犬の世話と、
膨大なそのことに関する記事を一緒に整理していた。

それにしても香港のマスコミはえげつない。
あることないこと、そして誹謗中傷。
好き勝手なことを書きなぐっている。

思えばこのメルマガも、もう既にひとつのメディアである。
いつの間にやら購読者は数千人となり、
輪読者を合わせると数万人になろうか・・・

当然それなりの影響力が出てくる。
ワシが彼のことを「アホでんねん」と書けば、
知らない人は本当に「アホなんや」と思うかも知れないし、
ワシにしたらひとりひとりにMailを送っているつもりであっても、
実際は顔も見えない不特定多数に発信しているメディアであったりする。

第33話では、登場したフィリピンパブがこのメルマガのせいで営業停止になりかけて、
いそいで原文を変え、伏字にしてバックナンバーをUPし直したし、
先日の第68話ではWingのアホ話を暴露して、
「彼はイメージで売ってんだから」と業界の人から注意されたりもした。
一応本人に断って、内容も説明して配信したんですけどねえ・・・

一番思い知ったのは古くは第31話の時である。
死線をさまよっている岡崎の病状を少しでも正確に伝えたくて一生懸命書いてたら、
「お前は岡崎のことを使って商売をするつもりか!本にでもした日にゃ殺すぞ!」
と怒られた。
まあ今回もこのことで彼の来日を心配する日本の多くのファンのMailに答えて、
「まあ来日スケジュールがどうなるかっつうのは、
彼に会えるか会えないかっつう自分本位の思いであって、
願わくば、来れないと言うことはそれだけ彼が傷ついてると言うことで、
無理して来なくっても、
もしまだ立ち直ってないならそれはそれでと言う風に暖かく見守って欲しい」
と言う答えを返したら、
「私達ファンがどうして彼のことを考えてないと思うんですか!」
と逆に彼女達を傷つける結果になったりした。

人間、人の生き死にが関わると相当ピリピリするからねえ・・・

まあ自分で送り付けといてこう言うのもナンですが、
このメルマガっつうもんは1対マスではなく、
聞いて欲しい愚痴や独り言を1対1で独り言を送りつけている、
もしくは日記を無理やり盗み見させている、
と言う感覚で気楽に読んで忘れて頂きたい。
自分勝手な言い方ですがすみません。

そんな現状も踏まえつつ、
どうしようかなあとも悩んだけど、「彼」と言うマスの人ではなく、
「自分」と言うただのアホが思っていることとして発信することにしました。
BEYONDのファンの方の心配が少しでもほぐれることになれば幸いです。

と言うわけで、まあワシは親友やし、
これでも気をつけて人の中傷を書かないように毎回気を使っているが、
香港のマスコミはそれはそれはえげつない。
そりゃドラマーと言う縁の下の力持ちの立場もあって、
その他のフロントマンであるふたりに比べたら、
バンド活動停止後の彼の活動だけが見劣りするのは仕方ないとしても、
それをこんな時にバンドメンバー3人の顔写真の切り抜きで、
ふたりは万歳、彼だけ落ち目で涙のマンガにして報道するのはどうかと思う。
薬物による死の疑いや、彼による他殺の疑いなどはまだいいとして、
7年一緒に住んでて今年には結婚を発表しようとしてた相手なんだから、
寝室にコンドームがあったとか言う話を書く必要があるんかね!

部屋の周りにはパパラッチや記者達がたむろして彼をおいかけていると聞き、
「よし、会ったらウンコして投げつけちゃるぞ!」
と思ってたら、来てみたら誰もいなかった。
「昨日までいっぱいいたんだけどね、
彼らには聞きたいこと全部聞かせたげて答えてやるんだ。
逃げたらどこまででも追いかけてくるからね。
全部答えてあげたらいなくなるよ」

香港でスターやるのも大変である。

ワシが香港に着いたのは一昨日だったのだが、
前の日の電話では「着いたら電話くれ」と言われたにも関わらず、
その日は運悪く彼の電話が通じず、
仕方がないのでShine、Cookiesと言う、
それぞれ香港版Kinki Kids、モーニング娘を作ろうとして発足し、
歌がまだまだなんで演奏だけでもと、
ワシと和佐田にレコーディングを頼まれドラム叩いたりしたら運良く大ヒットした
そんなプロジェクトの次作品をレコーディングをしていた。
「お前、どれだけの人間が彼に電話してると思う?
そりゃ通じないよ」
とプロデューサーに言われて
ずーっとスタジオで結局3曲録音してたらスタジオに彼から連絡が来た。

じゃあ翌日会おうと言うことになってたので、
警察に呼び出されたり大変な彼を煩わせないように街の中心まで出て、
ずーっと街をうろうろしながら一日電話を待ってた。
足が棒のようになったので足裏マッサージをした。
こんな状況で気楽なもんだが仕方がない。待つしかない。

斎場からやっと電話が来たのは夜の8時。
前日よりは心なしか元気に見えた。
斎場まで行ってお線香をあげ、
中国式に紙のお金を燃やしている現場でぼーっと馬鹿話をする。

10年前の黄家駒の時もそうだったが、
誰しもがずーっと泣き喚いているわけではなく、
常にそこには「日常社会」と言うものがある。
死に直面しているのも現実ならば、この日常社会で現在生きているのも現実なのである。
この場にいる彼女の親戚、そして彼、
そんな人達に比べたらワシなんぞ何の気持ちの共有が出来ようか・・・
ただ傍らにぼーっと座るのみである。

「どこに泊まってんの?泊まるとこないならうちに来いよ」
そうなのよ。ワシは彼がこの部屋で夜中にひとりでいるのが心配だったので、
彼の部屋の近くで宿を取ろうとそこまで歩いて行ってたのじゃよ。
まあこの状況で彼の部屋に泊まりに来る香港人はいないだろうから、
そう言う意味でも「特殊な現実」のワシはお言葉に甘えて今もここにいる。

それからふたりでメシを食いに行った。
ワシのような外国人の友達は彼にとってはまた一種「違った現実」なので、
ともすれば彼のもうひとつの現実を忘れてしまいそうになる。
アホ言って笑かすぐらいしか出来んしね、ワシ・・・
それはこの部屋に戻って来てからも延々に続く・・・
芸能雑誌の彼に関する記事を探していると言いながら、
実際おっぱいの大きなグラビアに目が留まるワシ・・・
それを指摘して別のグラビアを勧める彼・・・

まあこの一瞬だけでもあちらの現実を忘れてくれたらええわ・・・

気ぃ使いのようでマイペースなワシは、
結局芸能雑誌を読みふけって自分の世界に入る。
彼は彼で落ち着かないのか部屋の片付け等雑事をやりながら、
ふと見るとまたとある記事を見ながら考え込んでいる。
「読んで嫌な気分になるんだったら読むのやめなよ。」
不思議なぐらい自然にあっけなくそう言ってやる。
「そんなことよりやらなきゃなんないことがいっぱいあるだろ」
実際そうである。
酷な言い方をすれば、彼女は死んだが彼はまだ生きているのである。
幸い彼女は彼の音楽を愛し、彼を支え、応援してくれてた。
その気持ちは彼女が死んでもまだ行き続けているはずである。

「お前は覚えてないと思うけど、
黄家駒が死んだ瞬間に、お前は気絶して俺の手の中に落ちてきたんだ。
うわ言で
”あいつは今えらく気持ちのいい真っ白な世界にいるんだ”
と笑ってたよねえ。
そこはねえ、俺ら生きてる人間にはたどり着くことは出来ないけど、
音楽をやってると一瞬ぽっと頭が真っ白になる瞬間があるでしょ。
あれがあの世界の入り口なのよ。
でもそのドアを開いてもまだ先にはいくつものドアがあるんだけどね」

アホ話だけではなく、たまにはいいことも言わなきゃね・・・

「よし!思いっくそいい曲作るぞ!」
まあ少しでも彼の励みになってくれれば幸いである。
ワシら凡人は最後までその扉を開けることは出来ないだろうけど、
まあ一歩でも黄家駒や彼女の世界に近づけたらそれで全てである。
彼女も彼が自分の好きな音楽をやって楽しそうにしているのが好きだったと言う。
まだしばらく時間はかかるだろうけど、
これが一段落したらまた彼らしく頑張ってゆくことだろう。

今は飲んだら悲しくてやり切れなくなるから飲まないけど、
次会った時はがんがん飲もうねと約束した。

問題は23日の告別式に来てくれと言われていることである。
いくら何でも23日までにがんがん飲めるようにはならんと思うので、
まあせめて11月の来日の時にはがんがん飲みたいもんである。

みなさんも、その時に彼と会ったらめそめそせずに、
一緒に楽しい時間を過ごしてあげて欲しい。

と言うわけで今、彼がセットしてくれた目覚ましが鳴りました。
今から日本に帰ります。
ちょうど時間となりましたっつうこって・・・

人生・・・いろいろですわ・・・

 

ファンキー末吉


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