ファンキー末吉とその仲間達のひとり言
----第92号----
2003/11/21 (金) 3:56
零点(ゼロ・ポイント)6万人コンサート大成功!
いやー・・・忙しかった・・・
だいたいねえ、中国の音楽史に残るこのビッグイベント、
大陸のアーティストで初めてこのスタジアムでソロコンサートをやろうっつう、
そんなイベントが全て5人のメンバーの手作りでやられてるんだからもう大変!
まあレコード会社からイベント会社から総動員されてはいるが、
基本的にメンバーが「俺らの方がプロだから」と周りを信用してないんだから、
基本的にしわよせが全てメンバー側のプロデューサーであるワシのところに来る。
動員も予想を上回ってほぼ満員と言う大成功!
その模様は下記にUPしましたので見て下され。
http://211.99.139.78/~funky/HomePage/fixed/LingDianConcert.html
何が大変やったと言うて、当日のバックステージパス争奪戦と招待券の争奪戦!
日本では業界関係者は「関係者入り口」と言うところで芳名帳にサインなどして
何のことはなくこうして会場に入るのであるが、
中国でそんなことしたら6万人全員がそこから入るのでとんでもない!
警備も軍隊、と言うか武装警察(もっと凄い!)なので、
また融通が利かないと言うか、
パスを持ってなければ何ぴとたりとも絶対に入ることは出来ない。
そこで業界関係者から始まり、メンバーやスタッフの親類縁者、
そしてそれら全ての友人関係が当日山のようにやって来てパスをねだる。
まあこれぐらいの規模になると、この歴史的なイベントを一度は見ておこうと言うことで、
普段付き合いが薄れてるような奴でもひょこっと電話をしてきたりするので大変である。
ワシの場合は、アメリカからエンジニアを呼んでライブ録音と言うことで、
その録音車のスタッフ全員にパスを配らなければならないわけだが、
レコード会社のスタッフに問い合わせても
「レコーディングのスタッフのパスはもう既に6枚渡してあるからもうない!」
ととり合ってくれない。
調べて見たらその録音車の持ち主である
中央電視台(日本で言うNHKのようなもの)のスタッフんところで行方が途絶えている。
そのパスを入手するためには中に入らねばならないので、
たまたま前日直接舞台監督からパスをもらった
アメリカからこのためにやって来たエンジニアのウェイン・デイヴィスのパスを借りようとすると、
「ヤだ。これは記念にアメリカへ持って帰るんだ」
と200キロの巨体でだだをこねる。
彼もこの数日の中国での生活で学習したらしい。
嫌がるウェインのパスを取り上げ、何とかまた会場に戻って来たワシは、
舞台監督に言っても没有、レコード会社に言っても没有!
仕方ないので本当はやりたくないがメンバーを探すが、
当然の如く全てのメンバーが忙殺されて捕まらない。
やっとのことで手に入れたパスをウェイン等レコーディングスタッフに配って、
「俺のパスはないよ!なければステージに出れないからね!知らないよ!」
と開き直る。
まあ全ての関係者がこのように余分にパスを持ってゆくので必然的に足りないのである。
バックステージに入らなくて、いわゆるタダで見に来る関係者は招待券を求めて殺到する。
「ファンキーは何枚必要?」
と聞かれて「200枚」ととりあえず答えている。
本当は20人ぐらいなのだが、
そのそれぞれが10枚づつぐらい持って行くので200枚でも足りないぐらいである。
今度XYZの中国語版を録ってリリースしようと言う若手レコード会社の社長なんぞ、
「うちの契約しているバンドに見せてやりたいから」
と100枚ごそっと取ってゆく。
基本的に全然足りない・・・
かくしてリハーサルが始まるが、
サポートメンバーとしてパーカッション、ギター、
そして最後にはツインドラムでドラムまで叩くワシは、もうリハーサルなんかやってられない。
チケットの受け渡しのためだけにバイトを雇ったりまでした。
出番直前に電話がなる。
香港からBEYONDのWINGが見に来ているのだ。
BEYONDは先日この会場で香港からの来京アーティストとしてコンサートをやり、
大成功を収めている。
(関連ネタ:https://www.funkycorp.jp/funky/ML/86.html)
そう言えばワシは彼のソロプロジェクトのプロデュースをやった。
XYZのメンバーや、山本恭司まで借り出してなかなかいい出来に仕上がったが、
これが日本でも通販で発売されている。
http://www.geocities.co.jp/MusicStar/4678/BFC/
山本恭司もうギター弾きまくり。
参加してくれたみなさんは全て不幸な事件があった彼のために身体を張ってくれた。
(関連ネタ:https://www.funkycorp.jp/funky/ML/70.html、https://www.funkycorp.jp/funky/ML/72.html)
よかったら聞いてみてちょ。
そのWINGにチケットを渡そうとして気がついた。
「10元の席・・・末席やないの・・・」
大スターをそんな末席に座らせるわけにはイカン!
急いでメンバーの楽屋に行って「いい席くれー!」
またメンバーもごっそり持って来ているチケットの配分に出番前から大忙しなのよね・・・
まあコンサートの模様はHPにUPしたのでそれを見て頂ければいいとして、
そのままメンバーは全中国にツアー。
何せこのコンサートのために
日本円で言うと何百万のお金をメンバー自身が負担して出している。
そのままツアーに出て稼がねばと言うところだろうか・・・
ライブ録音のミックスダウンはアメリカでひたすらやっているが、
まあとりあえずは一段落である。
そしてワシは高知に帰って来た。
地元の追手前高校と言うところから「視聴覚教育研究大会」と言うのに呼ばれたのだ。
「何じゃそりゃ・・・」
視聴覚教育と言うのはいわゆるNHKの教育講座かなんかを使っての教育と言うことで、
語学番組に出演していたと言うことから、
何じゃかんじゃで高校生相手に「授業」をせねばならん・・・
「授業ですかぁ・・・」
音楽の授業ならいざ知らず、今回は中国語の授業である。
本を出したりテレビに出たり活動の幅の広いサンプラザ中野を見て、
「中野さんは最近、音楽をやってる人なのか何をやってる人なのかわかんないわ!」
と怒る爆風ファンの声を聞いたことがあるが、「そんなことは俺に向かって言え!」である。
さすがのワシも教壇に立って音楽以外を教えるとは思わんかった・・・
担当の先生は、地元の江の口小学校の先生仲間と飲んでいてこの話が決まったらしい。
もともと地元、高知のライブハウスでレコーディングした、
「五星旗の”ライブ・イン・キャラバンサライ”はええぜよ、聞かにゃいかんっちや」
で飲んでいたらしいが、
「何かファンキーさんは江の口小学校でもドラムを叩いたと言う話じゃけんどねえ」
から始まって、
「何か校長先生が言うには、
ファンキーさんなら何やってもろても間違いないきぃと言うことやき」
と言うことで校長先生直々に紹介されたらしい。
もともと娘が「うちのパパはねえ」と学校で自慢するところから始まり、
「なんか恵理ちゃんのお父様はあの”ランナー”を作曲した人らしい」
に発展し、
「ほな学校でも是非ドラムを叩いてもらわないかん!」
に発展する。
まっこと高知の県民性は恐ろしい・・・
現在、下の子供の通う幼稚園から
「慧くんのお父さんにランナーを叩きに来てもらわないかん!」
と言う声が高いと言う。
ドラムだけでランナーが叩けるかい!
明日の五時間目の追手前高校の授業、頑張らせて頂きます。
今NHKの教則本買って来て勉強しとるもんねー。
うーむ・・・実は結構楽しかったりする・・・
ファンキー末吉